エンジニアとPMで変わる、報連相というスキルの使い方
エンジニアとして働く中で、それなりにコミュニケーションは取れているつもりだった。 ところが、機会に恵まれてPMにも挑戦させてもらえることになり、その役割に踏み出した途端、今まで通りのやり方ではまったく噛み合わない瞬間が増えた。
先日、振り返りでPMリーダーから「ミュニケーションや報連相が圧倒的に足りてないよね」と指摘を受け、ロールが変わるだけでこんなにコミュニケーションの性質が変わるのか、と改めて考えるきっかけになった。
エンジニアとしての自分は、まずアウトプットを作り、それを土台に話を進めるのが常だった。設計のたたき台やモックをサッと形にし、それを見ながらメリデメを議論する。自分にとって「報連相」とは、作ったものを共有して調整する行為に近かった。
ところがPMは、そのスタート地点がまったく違う。 いきなりアウトプットを出すのではなく、まずは戦略を分解し、論点を揃え、関係者の前提を合わせる。いわば考え方を共有する時間が必要で、ここを飛ばすと、どれだけアウトプットのスピードがあっても戦術が妥当でなければ手戻りが増えてしまう。
こうした背景が自分の中でも整理しきれていなかったので、エンジニアとPMの「報連相」がどう違うのか、簡単にまとめてみた。
エンジニアとPMの「報連相」の違い
| 観点 | エンジニア | PM |
|---|---|---|
| スタイルの起点 | 設計書やモックを作る | 考え方・前提・論点を揃える |
| 共有するもの | ロードマップや設計書、モック | 目的・意図・優先順位・前提条件 |
| コミュニケーションの目的 | 周知・修正・ブラッシュアップ | 合意形成・意思決定 |
| タイミング | 形が見えてきてから相談 | 形にする前の段階で“途中の思考”を共有 |
| 求められる視点 | 実装・設計の具体 | 全体最適・関係者の期待調整 |
| 足りないとどう見えるか | 仕様理解不足に見える | 方針不明瞭・報連相不足に見える |
こうして並べてみると、同じ「報連相」という言葉でも、エンジニアとPMではまったく別物として機能しているのがよく分かる。 自分は長らくエンジニア側の感覚に寄っていたので、PMロールに入った途端にズレが出ていたのも納得だ。
振り返ると、自分は「形にするスピード」が早い分、考え方の整理を後回しにしてしまうクセがある。エンジニアロールではその強みがうまく機能していたが、PMロールでは戦略の理解が曖昧なまま形にしてしまうという弱点として現れていた。
とはいえ、早く形にして議論を前に進められるのは、自分にとって大きな武器でもある。 だからこそ、最終的な成果物の制作に入る前の「整えるプロセス」をもっと丁寧に、でも過剰になりすぎないようスムーズに行えるようになりたい。
今後は、エンジニアとPM、また各ロールそれぞれに求められる報連相の“質”を意識しながら、最終的なアウトプットにたどり着くまでのスピードをもっと高めていこうと思う。
成長の幅を狭めない「育成」
このブログにおける育成とは以下を想定しています。
- トレーナーとメンバーが「1 : 1」であること
- 成熟しておらずサポートを受ける必要があるメンバー
- トレーナーとメンバーが同じチーム
育成の方針
- 依頼は方法ではなく目的を伝える
- 期待は繰り返し伝える
- 任せた仕事は途中で介入しない
- 行動の結果ではなく考え方について議論する
- 成功はメンバーの成果、失敗は自分の責任と捉える
- 自分の考え方や方法を強制しない
過去の育成について振り返ってみると、自分は上記の方針で育成に取り組んでいました。
依頼は方法ではなく目的を伝える
メンバーと同じチームなので、自分からメンバーに共同作業や作業依頼する機会があります。 既存の実現法の流用で達成できる依頼が多いのですが、その際に方法ではなく目的を伝えるようにしています。
成果の達成は方法を伝えると早いケースは多いですが、既存の実現法との乖離がある可能性を常に考慮して進めて欲しいからです。 これは将来的にメンバーが新しい仕組みを作る際、既存の実現法を活かして進める能力を育成する意図があります。
期待は繰り返し伝える
「将来的に2, 3人のメンバーのチームのリーダーを任せたい」などの長期的な期待は繰り返し伝えるように意識しています。 目の前の仕事に集中すると実現が目的になり、目指すキャリアに近づけていない状態が長続きします。 この状態に陥らないように定期的に振り返る目的で繰り返し伝えています。
任せた仕事は途中で介入しない
致命的な失敗がある場合は介入することはありますが、基本的には任せ切っています。 これは自分が介入することで、その仕事についての思考を奪ったり、自分の能力の限界がその仕事の限界にしないためです。
行動の結果ではなく考え方について議論する
外部的な要因により本人の能力に依らず失敗することがよくあります。 その際に振り返ることは行動の結果ではなく行動を起こした考え方について議論するように意識しています。 その考え方が妥当であれば、今後の仕事の際に成功する確率が高いと考えているからです。
成功はメンバーの成果、失敗は自分の責任と捉える
基本は任せ切りなので成功はメンバーの成果になります。 ただ、失敗した際は自分の行動によって解決できたかをまず考えるようにしています。 ジョブサイズや外部要因などを切り分けて、次の仕事の際にどのぐらいのジョブサイズ、サポートが適切かを検討するためです。
自分の考え方や方法を強制しない
自分が余裕がない時期についやってしまうのですが、意識して「自分は〜」という発言はしません。 自分の考え方や方法について話すのはメンバーに聞かれた際に限定しています。 メンバーに正解のような形で伝えることで思考の幅を狭めないようにするためです。
まとめ
全ての方針について共通しているのは「思考してもらう」「思考の幅を狭めない」ということです。 期待する成果を出してもらうためにメンバーをコントロールしようとして発言や行動をしてしまうので、上記を意識して行動しています。
この育成との相性もあると思うのですが、将来的に自分の思考で切り開ける人材になってほしいと期待してるので、自分の想像を超えてこれるように幅を狭めないように育成をしています。
会社やチームにおける個人の目標設定の役目について
全体目標と個人目標
これまでに自分が所属してきた会社やチームは、半年や3ヶ月毎に目標を設定して、その目標を達成するために期間内に実施することを考えています。 その会社やチームの目標に付随するように所属するメンバー毎の個人目標も設定しています。
会社やチームなどの全体目標は意思決定の方針に役に立つと思うのですが、それに比べて個人目標の役目については曖昧になっていたり理解が進んでいない印象があります。
全体目標を細分化して個人目標に配分する手法もあり、全体目標に対してのタスクのように個人目標は捉えられがちです。 ただ、そのような手法はタスクリストを作成したいわけではなく、全体目標を達成できるチームになるために個人がどのように変化していくべきかを示すためだと自分は考えています。
個人目標の設定
目標自体は外的要因などにより達成できない可能性もあるので、個人目標に関しては目標を考えるまでの時間が大切だと考えています。
しかし、全体目標は会議などで考える時間がしっかりと設定されているのに対して、個人目標の設定は日常業務と同様なタスクとして積まれることが多いです。 そのため、個人目標の設定は終わらせることが目的になる傾向があります。 それにより、個人目標自体もタスクリストのような内容になったり、深く考えられていない目標になる傾向があります。 そのような目標だと振り返りの際に意義のある内容になることは難しいです。
自分はこのような現象は個人の成長に対しての機会損失だと考えています。 過去にこのように失敗した経験をして、それ以降の目標設定に対しての取り組み方や意識が変わりました。
まず、個人目標の設定をタスクの間の短い時間で行うのではなく、まとまった時間を確保して考えるようにしました。 また、その時間で以下のような順番で考えるようにしました。
- チームや自分の現状の課題について考える
- 考えた課題を解消した際にチームや自分がどのようになっているかを想像する
- 将来像に対して近づくためのアクションを考える
このように考えてから評価者やマネージャーなどと話すと、「課題に対する解像度」「将来像の方向性」「アクションの妥当性」などのより具体的なフィードバックを受けられるようになったと感じました。 評価者やマネージャーは複数のメンバーの目標を確認しないといけないので、今までゴールやアクションしか書いていなく対話で解決していた部分を目標の文章として思考のフローを表現できるようにしました。
組織によって目標設定の役割は異なりますが、自分は紹介したような方針で個人目標を活用しています。 個人の目標設定は評価者や被評家者の双方の対話によって、相互理解が出来て認識齟齬を減らすことが出来るツールだと捉えています。
目標設定の機会は頻度がそれほど高いものではないので、より有意義なものにすることをオススメします。
ムサニの第一線から学ぶチャンスをもらう・任せるということ
この記事は SHIROBAKO Advent Calendat 2017 5日目の記事です。
こんにちわ、のほほん(@nonchalant0303)です。去年に引き続き5日目を書きます!
はじめに

この記事を書こうと思ったのは、SHIROBAKOの13, 16話の『第三飛行少女隊』のキャラデに関わる話を見返したときでした。『えくそだすっ!』でキャラデをした小笠原さんが『第三飛行少女隊』のキャラデを井口さんに任せて、井口さんは未経験ながらもキャラデを進めていくというものです。自分もちょうど仕事で新しいサービスをリリースするときに一部プラットフォームのリードエンジニアを任されて、自分もリード未経験でしたが何とかサービスをリリースできた経験を思い出したため、この主題で書いてみたくなりました。
ちなみに『ムサニの第一線』とは12話で杉江さんに協力を申し出た小笠原さんと井口さんに大した言った遠藤さんのセリフです。
チャンスをもらうということ

井口さんはキャラデの話をもらったときの驚いた顔のシーンです。その後、井口さんは小笠原さん話を聞いて依頼を受けます。このシーンがすごい印象に残っています。自分も同じチームの経験豊富なエンジニアからリードを任せたいと言われときに、井口さんと同じ反応をした記憶があります。その後に言ったことも同じニュアンスでした。
「〇〇さんがいるのになぜ自分なんですか?」
自信がないながらもチャンスをもらえるならと自分もリードの仕事を受けるのですが、井口さんのように最初の基礎設計(プログラミングにおけるキャラデのようなもの?)で色々と悩んだ記憶があります。井口さんの気持ちとは違うと思いますが、自分の気持ちとしては
「仕事が任せられた」→「期待されている」→「期待に応えたい」→「うまくやりたい(失敗したくない)」
のような今思うとダメな気持ちになっていた気がします。その後、進捗を聞かれても作りかけのものを見せたくなくて「まだ考えている最中なのでもう少し待ってください」と言ってしまい、なかなか成果物が出せませんでした。少し状況は違いますが、みゃーもりが井口さんにキャラデの進捗を聞いたときにひたすらに「ごめん」と言っているシーンが印象的でした。このときの井口さんも言っていますが、自分も何が正しいか分からないという気持ちでした。今考えると早く相談したほうが全体のために良かったなと思っています。
チャンスを任せるということ

小笠原さんが監督とナベPに井口さんのサポートが足りないと言ったシーンです。小笠原さんは井口さんを推薦したときに「微力ながらサポートします」と言ったように、チャンスを任せるということはその仕事を任せっぱなしにするわけではなくて、任せたという責任が発生すると思います。しかし、上でも書きましたがチャンスをもらう側は全部やらねばと思ってしまうことがある気がします。ただ、小笠原さんが井口さんに言ったように誰もが過去に失敗や苦労した経験があるということです(そう信じたい)。その事実をつい忘れてしまい完璧にこだわってしまい悩んでしまいます。そのギャップを埋めるために、小笠原さんは悩んでいる井口さんを見つつも必要なタイミングでしっかりとサポートできるのは素直にすごいなと感じました。
自分はまだ大きなチャンスを人に任せた経験がないのですが、小笠原さんのようなチャンスの任せ方をしたいと思います。
まとめ
自分なりにチャンスをもらう・任せるということについて考えてみました。井口さんと小笠原さんの話をもっと書きたいと思ったいたのですが、だいたいは自分の話になってしまいました...すみません。SHIROBAKOはリアルすぎてついつい自分のことを考えて見てしまいます。そういうSHIROBAKOが自分は大好きです。

チャンスをもらう・任せるということで、22話の井口さんが推薦してえまっちが作監を受けるかどうか悩んでいるときに杉江さんと井口さんがアドバイスをしているシーンを見るとジーンとします。ぜひ見直して見てください!
学生と社会人1年目から見たSHIROBAKO
この記事は SHIROBAKO Advent Calendar 2016 五日目の記事です。
こんにちわ、のほほん( @nonchalant0303 )です。前の4人のクオリティが高すぎるのと、前日のネタと微妙に被ってしまい冷や汗を書いているのですが、どうかお付き合いください。
はじめに
SHIROBAKOの放映時は自分は大学生でした。そのときに見た感想としては漠然と面白いアニメだなーといったぐらいだったのですが、このブログを書くにあたってSHIROBAKOを見直しました。やっぱり面白くてつい24話一気に見てしまいましたのですが、1周目と2周目の違いはあれど見終わった感想がかなり違った印象を受けたのでそれについて書いていきます。
「高梨 太郎」という男

高梨太郎というキャラクターを知っている人は間違っても彼が仕事できる、有能だと言う人はいないでしょう。自分も最初見たときは2年目なのに「報・連・相」が出来なくてイライラするなーと思って見てました。ただ、見返したときに高梨太郎というキャラクターの重要性をものすごく感じました。
彼によって救われたキャラクターが少なくとも武蔵野アニメーションには3人はいると自分は思いました。



平岡に関してはアニメ本編でもじっくり書かれているので言うまでもないと思いますが、新人の制作進行の2人もかなり精神面で支えられているのではないかと感じました。制作進行の先輩のみゃーもりとたろうは「えくそだすっ!」を1本通して色々と体験して少し慣れてきてる感があります。ただ、新人の2人は体験したことない仕事でプレッシャーも感じてる中、ある意味でたろうのいい加減な仕事ぶりで救われてる面はあるだろうなーと思います。
というのも、自分が仕事でそれなりに大きな失敗をしたときにかなり心に来てしまった時期がありました。しかし、そこで会社の先輩がかなりリラックスしながら仕事してる(?)姿を見て、そんなに気を張ってもしょうがないなと感じてかなり救われました。

経験不足というのもありますが、自分は仕事でリリースの直前などはどうしてもピリピリしてしまいます。ただ、全員がそのようなピリピリしている状態だとかなり空気が悪くなってしまいます。チームに経験豊富な人がいれば圧倒的な牽引力で引っ張っていってくれるのでしょうが、自分が配属されたチームはそういった感じではありませんでした。そのとき、横のチームの先輩達のかなり気の抜けた会話を聞いて、リラックスした記憶があります。武蔵野アニメーションのようにかなりヒリヒリしたチームで働くときにたろうのような存在なかなり重要なのだなと感じました。

社会人2年目にあたり後輩も出来るので、自分もいい意味でたろうのような存在になりたいです。また、2年目になったときにSHIROBAKOを見ます!!